天の川、スカイフィッシュの釣り堀にて

安眠妨害水族館では書かないこと、書けないこと

「ラルクにまつわるただの思い出話」

L'Arc〜en〜Cielの活動が、もはや年1行事になってしまっている昨今、若年層へのアピール不足もあってか、"HYDEのボーカル"などというパワーワードが生まれたことは記憶に新しい。

そうは言っても、世代を跨いでファンが多いからこそ今の地位があるのも事実なわけで、V系ギークの中で多用される"初期ラルク"というワーディングも、いつの時代に好きになったかによって感覚がまちまちなのも実態だ。

インディーズ時代のみ(「DUNE」まで)を初期ラルクと捉える原理主義者もいれば、sakura脱退(「True」まで)を契機と考える層、二度目の活動休止(「REAL」まで)をもって初期ラルクが終わるとする層もある。

あくまで音楽性として"初期ラルク"を使用する場合は、白くて幻想的なイメージに包まれていた「Tierra」や「heavenly」まで、あるいは海外志向を打ち出す前の「HEART」までと受け取るべきだったりするので、もはや文脈から察するしかない。

 

もっとも、ここで初期ラルクの定義付けをする気は毛頭なくて、言いたいのは、彼らの活動がそれぐらい長いものになってきたということだ。

20年以上聴いてきたバンドとなれば、青春時代だけに留まらず、僕の個人的な音楽史ラルクとともに積み重ねてきたと言っても過言ではない。

実は、僕の生まれてはじめてのライブ経験は、L'Arc〜en〜Cielに捧げるつもりだった。

当時、中学生だった僕は「HEART」にドハマりして、部活の友達とライブに繰り出すことを決めたのだ。

といっても、チケ発のノウハウすらない子供にとって、ラルク仙台サンプラザ公演のチケットを確保するには色々なものが足りなかった。

結局、チケットは手に入らず、予定だけ空けていた僕らは、同日に仙台に来ていたCURIOのライブに行くことにした。

CURIOCURIOで好きだったので後悔はないし、Vo.NOBさんが煽りで叫んだ「L'Arc〜en〜Cielよりも(こっちのライブのほうが)気持ち良いぜ!」という言葉にも救われた。

今思えば、カウンターカルチャーに惹かれやすい僕の原点は、この言葉を信じ込もうとしすぎたせいなのかもしれない。

 

僕がはじめてラルクを見ることができたのは、1999年、高校生になってからの「GRAND CROSS TOUR」だ。

仙台公演はなかったので、そもそも行くつもりではなかったのだが、クラスメートから突然電話がかかってきて、「チケットが余ったから明日一緒に行かない?」という誘いを受けた。

場所は岩手県安比高原

盛岡まで新幹線で行き、そこからシャトルバスが出ているという。

ライブのはじめてをラルクに捧げることは出来なかったが、遠征のはじめては、偶然の産物でラルクのものとなった。

 

広大な草原の中に設営されたステージ。

物販の行列すら清々しく、「ray」と「ark」の楽曲を中心としたセットリストは、今となっては貴重な経験だ。

ちょうど日没ぐらいの時間に演奏された「the silver shining」は、夜風、月明かり、ピリっと張り詰めた静けさという野外ライブだからこその体験を伴って、一生忘れられない光景となっている。

 

その後、節目節目でライブには足を運んでいるのだが、こうして思い返してみて気付いたのは、自分では一切チケットを取っていないことだ。

事前に友達と計画していたとかでもなく、「GRAND CROSS TOUR」同様、大学の同期から、仕事での取引先から、と縁が重なって突如舞い込んできたものばかり。

象徴的なのが、「15th L'Anniversary LIVE」と「20th L'Anniversary LIVE」だろう。

 

「15th L'Anniversary LIVE」のとき、僕は社会人1年目。

会社の同僚がチケットを余らせて、大学時代の後輩ふたりを誘って行くことになっていた。

しかし、真っ先に声をかけた後輩が、ライブの前日にサークルのイベントで飲みすぎて動けない状態に。

たまたま直前に電話が繋がったという理由で、ラルク素人の別の後輩にチケットを託したとだけ連絡があった。

ライブ後、ライト層にとってはマニアックだったらしいセットリストに「全然わからなかった」と語る代打に対して、あるいは自己管理能力の欠如によりプレミアムチケットをあっさり手放した後輩に対して、「もったいない…」と感じるのは僕だけではないだろう。

 

そこから5年が経ち、後輩たちも一端の社会人になると、その代打だった後輩から連絡がくる。

彼は卒業後地元で就職し、すぐに結婚したのだが、その相手が重度のドエルだったようで、「20th L'Anniversary LIVE」のチケットが余ってしまったとのこと。

東京に知り合いがいないので誰か捌ける人はいないかと言われているが、自分はラルク素人のため、一緒にライブに行った僕しか思いつく人間がいないとのこと。

そんなわけで、会ったこともない後輩の嫁とライブに行くという、こんな不思議な縁もあるのか的なエピソードが出来上がってしまった。

雨でせっかくのピクチャーチケットはボロボロになってしまったが、遂に聴けた「As if in a dream」は感涙モノ。

これらはレポも書いているので、そちらでも。

 

 

この流れで「25th L'Anniversary LIVE」もチケットが舞い込んでくる気がしていたが、そんな甘い世の中ではなく、ライブCDを聴くことで心を落ち着けながらこの記事を書いている。

 

そういえば、ラルクと言えばもうひとつ想い出話があった。

大学生の頃、付き合っていた彼女と別れた友人から、「彼女と別れた。the Fourth Avenue Caféの2番の歌詞の気分だわ…」とメールが来たのだ。

 

「the Fourth Avenue Café」と言えば、sakura逮捕の影響で2006年までリリースがされなかった影の代表曲で、歌詞を見ずとも口ずさめるナンバー。

そうかそうか、どんな気持ちかな、と推測するのだが、構成がやや特殊なこの楽曲。

サビ終わりのAメロを2番としたのか、Bメロ終わりでもう1度やってくるAメロを2番としたのか、はたまた、ワンコーラス終わりでのCメロなのか、"2番"という定義が曖昧すぎて、「どこからが2番?」と返信してしまった。

いや、そこを気にしても仕方ないだろ、と大人になった僕なら言えるのだが、律儀に「"分かっていても"のあたりかな」と返してくる友人に、自分のやったことながら同情せざるを得ない。

 

ちなみに、この友人とも「SMILE」のツアーに行くことを目論んでいたのだが、あえなくチケ発に失敗した。

この度、「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」の開催が発表されて賑わっているラルク界隈だが、僕はもうチケ発には参加しないで、果報を寝て待つことにしようと思う。

平日だし、年末だし、あのブドウは酸っぱいよ、悔しくないよ、なんて考えながら、表向きはチケットを諦めるのだ。

あ、そうだ、同じ日にCURIOのライブ、やってないかな、なんて当時を振り返りながら。

 

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