天の川、スカイフィッシュの釣り堀にて

安眠妨害水族館では書かないこと、書けないこと

「我が青春を関ジャムが回収してくれた」

「関ジャム」のヴィジュアル系史の回が素晴らしかった。

尺の都合や、権利上の問題も発生しうる地上波のV系特集としては、過去に見たことがないレベルの丁寧さで作られていたのではないかと。

 

色眼鏡で見られることも多いV系文化。

面白おかしくアンダーグラウンドの世界を伝えるよ、というバラエティ性の強い企画になってしまうことが大半なのだが、真面目な音楽史として(もちろんテレビ番組としての体裁は保ちつつ)取り扱ってくれたことが、いちファンとしてとにかく嬉しかった。

そして、そういう想いの視聴者が多かったことが、Twitterのタイムラインを見ていても感じ取れた。

 

まず、ヴィジュアル系の定義付けから入ったのが良かった。

その定義も、誰かのエゴで恣意的に作った強引さはなく、文化として捉えるという的を射たもの。

その結果、V系か非V系かで議論が起こりやすい黎明期のバンドについて、誰も傷つかない形ですっきりまとめることができていた。

特に扱いづらいL'Arc〜en〜Cielに関しても、個別の特集は組まない代わりに、DAIGOさんの”定義がはっきりしていなかったから、V系と捉える人もいれば、捉えていない人もいる"というコメントでフォローする、見事な構成だったと思う。

 

次に、音楽性やステージ上での演出など、あくまで舞台人としてバンドを扱っていたこと。

シーンの中で有識者と呼ばれている人たちでさえ、Xの良さは、やれ居酒屋を壊す破天荒さだとか、やれYOSHIKIの無鉄砲さだとか言い切ってしまう現状に、正直、辟易としていた僕。

ルーツを日本人向けに再構築した音楽性への言及や、当時の音楽シーンにおいて新鮮だった部分についての解説は、今更ながら目から鱗という部分もあって、大変興味深かった。

YOSHIKI伝説抜きにXの魅力を伝えたメディアが、他にあっただろうか、と。

 

V系史として取り上げるべきバンドも、適切だったのでは。

もちろん、あれがない、これがないというのは各々あるのだろうが、その時代の一般層(あるいはV系シーン以外の層)にまで影響が波及し、その時代を象徴したバンドに絞った点で軸はブレていなかったのではないか。

そのうえで登場しなかったバンドは、権利上の使用許可が下りなかったのだ、と勝手に納得できるぐらいには、押さえるべきところは押さえられていた。

(実際、Alice Nineなんかはそうなんじゃないかな、と思う。)

バロックや御三家(MUCC、MERRY、蜉蝣)は、シーンの中での影響力は半端じゃなかったのだけれど、上記の軸に合致するかといえば、必ずしもそうではないものな。

1時間番組だったら選出されていたのかもしれないけれど。

 

そんなわけで、僕の青春時代は、この「関ジャム」が回収してくれたような気がした。

"親に紹介できないヴィジュアル系"というワードが独り歩きしている感はあるが、そうなんだよ、親どころか、部活の友達にも紹介できなかったんだよ。

あれだけブームになったにも関わらず、クラスの中に同士はいなかった。

その要因は、どちらかというとネタにして、あるいは女子供のものと小馬鹿にするようなメディアの取り扱いが多かったからに他ならない。

ある程度、文化が成熟したからだという側面はあるものの、あの頃にこんな真摯にヴィジュアル系と向き合ってくれる番組があったなら、肩身の狭い想いをしなくても済んだのかもな。

自分の趣味が、適切な評価をされて、承認されるって、こんなにも嬉しい気持ちになるのだな、なんて。

 

個人的に、ハッとしたのは、PIERROTへの言及がなかったこと。

確かに、世界進出の先駆けになったことを置いても、インディーズながらオリコントップ10に食い込むセールスの記録(浦安鉄筋家族とのタイアップもインパクトがあった)、シングル3枚同時でのメジャーデビュー、番組でも紹介されたMステでの「残」事件など、クラスの話題を掻っ攫うだけの破壊力がDIR EN GREYにはあった。

一方、PIERROTは、洋楽ファンに喧嘩を売った件にしても、インターネット上での無観客ライブの実現にしても、シーンに大きな爪痕を残したのは言うまでもないのだけれど、あくまで通好みのバンドとして君臨していた(だからこそ、宗教的なハマり方をする人が続出した)印象だ。

どうしても、DIR EN GREYだけをピックアップして、PIERROTを無視するなんてありえないだろうという発想に陥るが、それってV系シーンの内側の人間だけの常識なのだよなと、改めて認識させられた次第。

自分の中で"気づき"があったという意味でも、この番組、この特集は、永久保存版にしようと思う。