天の川、スカイフィッシュの釣り堀にて

安眠妨害水族館では書かないこと、書けないこと

「嫁のショーケース」

嫁は、"人形者"である。

ドール、あるいはそのドレスや小道具を集めたりカスタムしたりするのが好きな人のことを、界隈ではそう呼ぶそうだ。

"ドルオタ"と呼ぶこともあったようだが、近年ではアイドルオタクの総称になってしまったため、誤解を避けるために使われなくなっているらしい。

 

基本的には、集めたり写真を取ったりするのが専門。

カスタムにも手を出していたが、子供ができてからはめっきり遠ざかっている。

その点では人形熱のピークは越えているのかもしれないけれど、たまに、ディーラー側で参加する知人への差し入れを片手にドールイベントに遊びに行くので、話はよく聞く。

僕もその影響で、ブライスプーリップの区別ぐらいはつくようになった。

 

数年前のことだが、ショーケースを買った。

もちろん、嫁が人形を並べて飾るため。

ドールハウスやインテリアなども揃っているので、持っているだけでは意味がないのだ。

ただし、これを義両親やお客さんに見られるのは気が引けるようで、リビングなどではなく、寝室に置いて個人的に眺めてにんまりするだけ。

確かに、自分に置き換えてみると、ヴィジュアル系のCDラックをお義母さんや保育園のママ友に見られるということ。

考えるだけでゾッとするので、趣味の在り方としては正しかったのだと思う。

 

ところが昨年、その環境が変わってしまった。

引っ越しをして、部屋の構造上、寝室にはショーケースを置くことができなくなったのだ。

かと言って、リビングや大部屋に置くわけにもいかない。

前者は言わずもがなだが、後者は両親が来たときの宿泊部屋になるから。

消去法的に、僕の書斎に置かれることとなった。

 

長い間夢に見ていた自分の書斎。

遂に実現したのに、初日からリカちゃん人形やらセーラームーン食玩やらが並べられ、少し複雑な気分だ。

もっとも、嫁の趣味には寛容であるという立場をとっている僕。

趣味でスペースをとっているのは僕のCDも同じことなので、そこは助け合いの精神で快く受け入れることにする。

 

問題は、数か月後に発生した。

母が、新居を見たいという口実で、娘に会いに来ることになったのである。

それ自体は困ったことではなく、むしろ、ありがたいこと。

母に娘を預けて、久しぶりに夫婦で外食に行ったり、ライブに行ったりすることも可能になる。

この日は、それを前提にしたガイダンスとして、建物の構造や部屋割りを案内することになっていた。

 

リビング、大部屋、寝室、台所、風呂にトイレとあらかた説明。

寝室は、プライバシーがあるだろうとあまり深くは入り込もうとしない気づかいがあるから助かる。

あとは、僕の書斎を残すのみ、というところで致命的なミスに気付く。

すっかりこの環境に慣れてしまっており、例のショーケースを隠すことを忘れてしまったのだ。

「あんた、いつの間にこういう趣味に…」と絶句する母。

前のマンションには何度か泊ったことがある母であるが、寝室には入ってこないスタンスだったし、入らざるを得ないタイミングではこちらで布をかけておくなりしていたので、これが初対面となる。

おそらく、ショーケースに飾られた人形たちは、若者文化に疎い母にしてみれば、息子自慢の美少女フィギュアと映っているのだろう。

変に慌てても逆効果なので、冷静を装いながら、「これ、嫁のフィギュアなんだよ。リビングに置けないから、ここに置いてる。」と解説するが、なんとなく刺さっていない感じがした。

 

後から嫁に言われて、その理由がわかった。

「"嫁のフィギュア"ってフレーズ、たぶん、"初音ミク俺の嫁"みたいな感じで捉えてたよ。」

 

30過ぎの息子から、「嫁のフィギュアだよ」とズラッと並んだ人形を紹介される。

母の心境を察すると、めまいがした。

たぶん、次回の訪問から、寝室だけでなく僕の書斎にも入ってくることはないだろう、と思った。