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天の川、スカイフィッシュの釣り堀にて

安眠妨害水族館では書かないこと、書けないこと

「Da'vidノ使徒:aL」

Da'vidノ使徒:aLが好きだった。

1997年から1999年に活動していた、僕がヴィジュアル系のインディーズシーンにどっぷり浸かるきっかけとなったバンド。

これで「ダビデシトアエル」と読むので、"ヴィジュアル系読みにくいバンド名選手権"的な企画では、ほぼ間違いなく出題される。

覚えておくといいだろう。

 

バンド名だけに留まらず、ヴィジュアルイメージも独特だった。

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有名なのは、このアーティスト写真だと思う。

おとぎ話から飛び出したような可愛らしいフロントマンと、劇団四季のミュージカルに出てきそうな脇役的キャラクター。

衣装における予算がボーカルに集中しているバンドは珍しくもないのだが、ボーカル以外のメンバーに"脇役"という役割をはっきりと与えている点で、彼らは特に個性的であったと言える。

音楽雑誌で彼らを見た瞬間、心を奪われ、CDを買いに走っていた。

 

奏でる音楽もまた、独創的だった。

クラシカルな様式美に、ポップだけど毒を含んだメロディ。

自らを登場人物に見立てた不思議な世界観は、メジャーシーンで活躍していたバンドの何れとも交わることがなく、"インディーズには、こんなにも面白い音楽が隠れているのか!"と衝撃を受けたのを覚えている。

 

そのうえ、ツインボーカルにツインベースという他に例を見ないバンド編成だ。

メンバー構成は、Vo.ピエトロ、Gtリエット、Ba.エルゼ、Ba&Vo.ミサという4人。

正直なところ、演奏力はさほど高くなく、ツインボーカルのどちらもが調子っぱずれ。

それでも憎めない、むしろ深くのめり込み続けて今に至っているのは、結局のところ、代わりになるバンドが生まれてこないから、それに尽きるのだろう。

彼らのメルヘンを表現するためには、ピエトロの子供のような歌声は必要なパーツ。

その対比である"畏れ"を示したミサの低音ボイスも、これまた不可欠。

集まった素材で最大限に勝負できる音楽を、と考えたときに、彼らを上回るトータルプロデュース力を持ったバンドに出会ったことがない。

なんなら、歌が上手い人がDa'vidノ使徒:aLのフォロワーバンドを結成したとしても、"これは違う…"となってしまうと思うのだ。

 

そんな唯一無二の彼らであるが、再結成はほぼ望めない状況。

メンバーが全員、現役でのバンド活動を退いており、裏方に回ったり、音楽業界を引退していたりする。

バンドの顔であるピエトロにおいては、ホストに転身したという噂が流布され、バンド時代を黒歴史化しているというのが通説だった。

そもそも、ピエトロは病で死亡した、という公式設定があるので、ただなんとなくの復活はやめてほしい、という複雑なファン心理も駆け巡る。

現役時代に地方の中学生だった僕が抱いていた、Da'vidノ使徒:aLのライブを見るという夢は、おそらく夢のままで終わってしまうのだろう。

 

しかし、事件は2016年に起こる。

15年以上シーンから離れていたピエトロが、当時所属していたレーベルのボス、幸也さんのドラマーとしてステージに立つというのだ。

そのライブ会場も個人的に縁のある場所で、これは運命だと感じた僕。

平日だったが、あることないこと理由をつけては仕事を切り上げ、そそくさと会場に足を運んでいた。

 

イベントのトリとなる幸也セッション。

ドラムセットの向こうに、ピエトロがいた。

黒をベースにした地味な服装。

現役時代のイメージとはだいぶ異なるが、紛れもなくピエトロだった。

実年齢よりはだいぶ若く見える。

驚き、喜び、感動に感傷、さまざまな想いが一気に溢れて、すっかり放心状態。

ライブの流れは完全に無視でピエトロだけを凝視する姿は、周囲から見たら奇怪だったと思う(もちろん、ライブそのものも素晴らしい内容だった)。

 

幸也さんによれば、pleur(Da'vidノ使徒:aLの後にピエトロが-F-名義で結成したバンド)が終わるタイミングで、"今後はどうするのか?"と聞いたところ、"世間から忘れられたい"と答えたとのこと。

シーンの外でサポートドラマーとして活動していたのは知っていたが、その意思を尊重して、発表はしてこなかったそうだ。

交流は続いていたようで、そろそろいいか、と満を持してのセッション参加。

Da'vidノ使徒:aLの加入前はドラマーだったという話は聞いたことがあったが、確かになかなかの腕前だ。

定期的に叩いていたというのも、ホスト説を否定するための嘘というわけではなさそうだった。

 

個人的に嬉しかったのは、セッション参加メンバーの表記で、ピエトロが"トロピエ"と記載されていたこと。

誤植かもしれない。

ふざけただけかもしれない。

だけど、設定上この世にいないピエトロがドラムを叩けるはずがない、それでも当時のコアなファンにピエトロの復帰を伝えたい。

そのジレンマの着地点として、"トロピエ"という表記に落ち着いたのだと想像すると、幸也さんの心配りに頭が下がる思いだ。

ライブ中、"ピエトロが見えなくなる!立ち位置被らないで!"と心の中で叫んだこと、この場で謝罪いたします。

 

なお、2度目のセッション参加のときは、本名である"EISHUU"名義となっていた。

当然、ドラマーEISHUUを今後も応援していく所存だが、"トロピエ"としての最初で最後のライブに立ち会えたことは、一生の想い出として記憶に刻んでおこう。

世間がピエトロを忘れたとしても、 僕にとってDa'vidノ使徒:aLは人生レベルで影響が大きいバンド。

絶対に忘れてはいけない奇跡だったのだから。

「スポーツの祭典」

スポーツの祭典、オリンピック。

その裏側には、語られることのない物語があった。

 

こんな書き出しだと、選手を支えた家族やコーチとの絆の話、怪我で出場できなかった仲間との友情の話なんかを想像されるので、先に謝っておくことにする。

ごめんなさい、今日書くのは、オリンピックの時期にテレビ局でアルバイトをした話。

 

オリンピックやワールドカップなど、大きなイベントがあればテレビ局は大忙しだ。

長時間の生放送、しかも海外からの中継も噛ませる。

入ってくる情報量も膨大で、この時期になると瞬間風速的に人手不足になるというのは、少し想像すれば理解できるだろう。

 

学生時代、そんなタイミングでだけ、とあるテレビ局でアルバイトをしていた。

短期間なので研修を行う余裕はなく、相応にスキルも必要ということで、おそらくきちんとした公募はされていなかったと思う。

僕は当時、マスコミ系のサークルに所属しており、そのコネクションでスポット的にシフトに入っていた。

ちなみに、僕以外のバイトも同じサークルのメンバー。

局側も、イベントのたびに人員募集をしていると効率が悪いので、スキルのある学生サークルを抱えておくと、こういうときに役立つのだ。

 

何をするかといえば、多種多様。

ADに近い現場仕事もあれば、視聴者からのFAXをピックアップするという業務もある。

10年以上前の話なので、今ではFAXがTwitterハッシュタグに変わっているのかもしれない。

中には、"待機"というシフトも存在していた。

ただ椅子に座ってアクシデントに備えておくだけのバックアップメンバーだ。

ADを必死にやっている人と、待機している人で同じ時給というのは納得しにくい面もあるが、深夜から朝方に何もせずに座っているというのも、考えようによっては辛い仕事なのかもしれない。

 

僕が主にやっていたのは、キャプションという作業。

2人1組で、現地から送られてくる映像をVHSのおばけみたいな大きなテープに録画する。

絶対に"録れていない時間"を作ってはいけないので、テープの残り時間が少なくなってきたときには神経を使った。

 

また、キャプションには、もうひとつ大きな役割がある。

それは、そのテープの何分何秒のところに、どんな映像が収録されているかを記録すること。

ライバルを抜き去る瞬間や、ゴールシーンなど、これはダイジェストに使えそうだ、という場面をひとつひとつ書き出していく。

珍プレー好プレーや、注目選手がアップで映ったときのイメージカットなど、ニュース番組で使われている映像は、こういう地道な作業の積み重ねの結果なのだ。

 

映像は次々とリアルタイムで送られてくるので、めまぐるしく展開が変わるバスケットボールや卓球などにあたると、もはや何を書いていいのかわからなくなってしまう。

得点のたびにスコアを書いていたら、もはやスコア表になっていたということもあるし、「福原愛 サー!」など、直感的すぎて意味がわからなくなるものも多々あって、これを編集する係の人も大変だっただろうな、と申し訳なく感じていた。

 

ただし、一瞬も見逃さないようにスポーツを見る機会というのは貴重だった。

ルールも知らないマイナースポーツでも、仕事が終わるころには少し詳しくなっているから面白い。

先輩と"飛び込み"のキャプションに入ったときは、さすがにハズレだと二人でがっかりしていたのだが、いつの間にか楽しみ方を覚えていた。

「野球が良かったな」と言っていた先輩も、「今のは着水が乱れた」とか、「これは美しい!高得点でしょ!」とか、選手が飛び込むたびに興奮している様子。

残念ながら日本の選手は振るわなかったが、妙な充実感があった僕。

感情移入しすぎたのか、表彰式まで来ると、涙が止まらなかった。

止まらなすぎて病院に連れていかれ、コンタクトをつけたまま長時間画面を見ていたことにより、眼球に傷がついたと診断された。

そのまま職場復帰できず、待機メンバーが満を持してカバーに入ることに。

さよなら、テレビ局。

メガネで来れば良かったのかな。

 

余談だが、飛び込みのキャプションを一緒にやった先輩は、今では声優として活躍している。

2年ほど前、サザエさんの中島くんの声優、白川澄子さんがお亡くなりになり、落合るみさんにバトンタッチされたのだが、その間、代打で1話だけ中島くんの声を担当することになって、身内では大いに盛り上がった。

あの「野球が良かったな」は、この日の伏線だったのかと震えたが、「磯野!野球しようぜ!」のセリフはなかった。

 

 

「クリアできない」

スーパーマリオブラザーズ3」が発売されたのは、1988年のことらしい。

僕が子供の頃、ファミコンのある家には必ずあったゲームソフトだ。

夢中になってプレイしたのは7歳のときだったので、あれは発売から2~3年経ってからだったのか、と少し驚く。

念願のファミコンを買ってもらって、まっさきに遊んだソフト。

最新のゲームを持っている感覚だったのに、そこまで新しい作品ではなかったらしい。

 

このマリオ3、毎日コントローラーを手に張り切っていたが、結局クリアはできなかった。

攻略本を読んでも、裏技を教えてもらっても、最後の最後は操作テクニックが物を言う。

セーブ機能もないから、途中でやめたら最初から。

小学生低学年だった僕には、どんなに笛を使ってステージをふっ飛ばしても、クッパまで辿り着くことすら叶わなかった。

 

この間、実家に帰ったときに、久しぶりにスーパーファミコンを取り出してみた。

あのとき、クリアできなかったゲームが、今ではクリアできるのでは、と期待したから。

まだ見ぬエンディングを見ておきたい。

残念ながらファミコンは壊れてしまっていて、マリオ3はお預けなのだが、それでもクリアしていないまま放置していたソフトはたくさんあった。

 

そのひとつが、「なるほど!ザ・ワールド」。

愛川欽也楠田枝里子が司会を務め、80~90年代に人気を博したクイズ番組をゲーム化したものである。

20年も前のゲームなので、時事的なクイズはわからなくなっているかもしれないが、今ではスマホで何でも調べられる。

卑怯ではあるが、まずはクリアを優先しよう。

そう意気込んでプレイを開始した。

 

やり始めて、たった数分。

なんでクリアするに至らなかったかを思い出してきた。

演出がやたら長く、テンポが悪い。

クイズの内容も、特に興味深いものはなく、まったくもってワクワクしない。

要するに、"クソゲー"だったのだ。

 

番組が大好きだったから買ったゲームだが、これでは夢中になれなかったのも頷ける。

だって、オリジナルが面白かったのは、テーマとなる国の面白レポート映像がついてきたからだもの。

スタジオで淡々とクイズ大会をやっているだけでは、「なるほど!ザ・ワールド」である必要性がないではないか。

 

極めつけは、ジャンピングチャンス。

上の席に座っているペアから順にクイズに答えて、不正解なら次へ、正解ならひとつ上の席と交代する。

最終的に、一番上にある席に座っていたペアが優勝、というレギュレーション。

ジャンピングチャンスは、一気に2つ上の席にまで駆け上がることができるボーナスクイズだ。

この時点で最下位だと優勝の目はないが、それ以外の順位につけていれば、これに正解するだけで大逆転となる。

 

正直、ここまでのクイズはそこまで難しくなかったため、手堅く正解すればあっさり優勝だ。

もはや楽しみではなく作業だが、作業ゲーならスマホで毎日やっている。

世界制覇も時間の問題、と油断していたところでびっくり仰天。

待っていたのは、よくわからないミニゲーム

舞台となる国によってゲームの種類は異なるようで、簡単なものは腰を抜かすほど簡単である一方、知識やテクニックではどうしようもない運任せなゲームも存在。

こんな場当たり的な茶番で優勝が決まってしまうなんて…

コンピューターのペアが優勝し、トランプマンが勢いよく飛び出してきたところでリセットボタン。

完全に心が折れた。

またしても、このゲームをクリアすることは出来ずに終わった。

 

小学生のお小遣いでは、かなり高額な印象があったスーファミソフト。

その結果がクソゲーだったときのショックたるや。

それに対して、とりあえず無料でプレイしてみて面白かったら課金、という最近のゲーム市場における基本スタイル。

個人的にはまだ馴染めないのだが、実力主義的で良いのかもしれない、と少し思った。