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天の川、スカイフィッシュの釣り堀にて

安眠妨害水族館では書かないこと、書けないこと

「ライブに行けない子育て世代」

ら行

「結婚してから、ライブには行きにくくなった?」

結婚後に初めて会った友人たちに、よく聞かれた質問だ。

 

答えは、No。

もちろん、相手がある話なので一概には言えないが、あまり変わらないというのが実態だろうと思う。

我が家の場合、嫁はバンギャルではなかったものの、THE BACK HORNT.M.Revolutionなど、比較的親和性の高いアーティストを好み、ライブにも足を運ぶタイプの音楽好きだったのも奏功した。

お互い、これは良い機会だ、と一緒に行くことが増えたくらいだ。

これを理由に結婚を躊躇っている人がいるのなら、そうでもないよ、と言っておく。

 

ただし、今現在、ライブの本数は大幅に減っている。

大きく事情が変わったのは、子育てがはじまってからだ。

 

新生児期は、ある程度ライブに行ける。

我が家ではお義母さんがサポートに来てくれていたし、里帰り出産で奥さんが実家に帰るというケースも多いだろう。

この時期の乳児にマストなのは、母乳が出るお母さんであり、少し寂しいが、父親がいないと困る!という場面はあまりなかった。

 

お父さんが必要になるのは、乳離れをして、離乳食に移った頃。

この時期になると、子供は"重い"のだ。

それまでは、抱っこ紐で持ち運べた赤ん坊も、女性の力では厳しくなっていく。

ベビーカーを使えばいい、という話ではあるが、大き目のスーパーや商業施設ならまだしも、規模の小さい八百屋や雑貨屋などでは、ベビーカーの入る余地がない。

電車に乗るにしても、トイレを使うにしても、まだまだバリアフリー化も世間の目も、子育て世代に優しいとは言えない、というのが実感。

休みの日に、僕が子供を抱え、嫁が買い物をする、というスタイルに落ち着いた。

 

寝かしつけの時間をコントロールして、どちらかが夜はライブに、というスケジュールも組もうと思えば組めるのだが、行きたいライブは全部行く、なんてことはもうできそうもない。

どうしても行きたいライブがあれば、実家に帰って親に預けるという裏技を使っていたので、ここ最近、仙台のライブに行く機会が増えでいるのは、そういう理由。

実家が近くにあれば、とも思うが、それはそれで気苦労も多いだろうし、たらればを言っても仕方ないことだ。

 

そうこうしているうちに、いつの間にか、娘は3歳に。

言語でのコミュニケーションが取れるようになったことで、両親が四六時中張り付いている必要はなくなった。

とはいえ、ただでさえ共働きの保育園児なので、少なくとも週一ぐらいは、両親揃った状態で遊びに行きたいところ。

平日は、娘が起きる前に会社に行き、娘が寝てから帰ってくる僕。

「VISUAL JAPAN SUMMIT」に行くために土日を終日不在にした結果、娘と実質2週間顔を合わせなかったことがあるのだが、久しぶりに起きている娘と対面した際、1年ぶりに会った従兄弟のような対応をされたのを覚えている。

そのタイミングでお義母さんに来てもらっていたので、サポート体制はばっちりだと思っていたが、育児をする人がいればいいというわけでもないのだと痛感した。

 

そうなると、土日のうち、どちらかに嫁の予定が入れば、僕の土日の予定は自動的に"育児"となる。

その逆もしかり。

単純に案分したとしても、1か月のうち、2日しか自由時間はないのだから、必然的にライブに行く機会は減ってくる。

きっとこのサイクルは、しばらく続くのだろうし、2人目、3人目と子供が増えれば、ますます条件が厳しくなることは確実。

どうか、ライブの誘いをお断りするようなことがあっても、「付き合いが悪い」とは思わないでほしい。

予定がある、というわけでもないから歯切れの悪い回答になってしまうが、断りたくて断っているわけでもないのだ。

 

ヴィジュアル系という文化も、なんだかんだ、歴史が積みあがってきた。

若者文化だった時代のファン層も、今では子育て世代にシフトしてきている。

中堅バンドが伸び悩むという構図は、もしかしたら、ある程度の年齢になるとファンが子育てに入って脱落する、というところにも要因があったりするのでは。

規模が大きいバンドでは託児所が設けられる場合もある昨今、子育て層へのアプローチ方法も、今後のV系マーケティング論争の中心になっていくかもしれない。

 

例えば、「ライブに来ないと、いつかバンドはなくなるよ。」という呼び込み文句。

それは事実かもしれないし、責任感に駆り立てられるファンもいるのかもしれないが、ライブに行けない身としては辛いものがある。

例え嘘になったとしても、「子育てが終わって、またライブに来れるようになったときにステージで待ってる。」って言ってもらえるだけで、どんなに救われるだろうか。

 

最後に、それでも子育てはしてみるもんだと、僕としては。

周りに、出産により実質的に休業状態のバンギャルさんが数名いるが、ライブに行けなくなったことで後悔している人は知らないもの。

気持ちが尽きたわけではなく、それより尊いものが見つかったという感覚。

彼女たちとはいつか、"バンギャルの遺伝子は受け継がれるか"という研究結果を発表したいと思いますので、15年くらい先の未来をお楽しみに。

 

「嫁のショーケース」

や行

嫁は、"人形者"である。

ドール、あるいはそのドレスや小道具を集めたりカスタムしたりするのが好きな人のことを、界隈ではそう呼ぶそうだ。

"ドルオタ"と呼ぶこともあったようだが、近年ではアイドルオタクの総称になってしまったため、誤解を避けるために使われなくなっているらしい。

 

基本的には、集めたり写真を取ったりするのが専門。

カスタムにも手を出していたが、子供ができてからはめっきり遠ざかっている。

その点では人形熱のピークは越えているのかもしれないけれど、たまに、ディーラー側で参加する知人への差し入れを片手にドールイベントに遊びに行くので、話はよく聞く。

僕もその影響で、ブライスプーリップの区別ぐらいはつくようになった。

 

数年前のことだが、ショーケースを買った。

もちろん、嫁が人形を並べて飾るため。

ドールハウスやインテリアなども揃っているので、持っているだけでは意味がないのだ。

ただし、これを義両親やお客さんに見られるのは気が引けるようで、リビングなどではなく、寝室に置いて個人的に眺めてにんまりするだけ。

確かに、自分に置き換えてみると、ヴィジュアル系のCDラックをお義母さんや保育園のママ友に見られるということ。

考えるだけでゾッとするので、趣味の在り方としては正しかったのだと思う。

 

ところが昨年、その環境が変わってしまった。

引っ越しをして、部屋の構造上、寝室にはショーケースを置くことができなくなったのだ。

かと言って、リビングや大部屋に置くわけにもいかない。

前者は言わずもがなだが、後者は両親が来たときの宿泊部屋になるから。

消去法的に、僕の書斎に置かれることとなった。

 

長い間夢に見ていた自分の書斎。

遂に実現したのに、初日からリカちゃん人形やらセーラームーン食玩やらが並べられ、少し複雑な気分だ。

もっとも、嫁の趣味には寛容であるという立場をとっている僕。

趣味でスペースをとっているのは僕のCDも同じことなので、そこは助け合いの精神で快く受け入れることにする。

 

問題は、数か月後に発生した。

母が、新居を見たいという口実で、娘に会いに来ることになったのである。

それ自体は困ったことではなく、むしろ、ありがたいこと。

母に娘を預けて、久しぶりに夫婦で外食に行ったり、ライブに行ったりすることも可能になる。

この日は、それを前提にしたガイダンスとして、建物の構造や部屋割りを案内することになっていた。

 

リビング、大部屋、寝室、台所、風呂にトイレとあらかた説明。

寝室は、プライバシーがあるだろうとあまり深くは入り込もうとしない気づかいがあるから助かる。

あとは、僕の書斎を残すのみ、というところで致命的なミスに気付く。

すっかりこの環境に慣れてしまっており、例のショーケースを隠すことを忘れてしまったのだ。

「あんた、いつの間にこういう趣味に…」と絶句する母。

前のマンションには何度か泊ったことがある母であるが、寝室には入ってこないスタンスだったし、入らざるを得ないタイミングではこちらで布をかけておくなりしていたので、これが初対面となる。

おそらく、ショーケースに飾られた人形たちは、若者文化に疎い母にしてみれば、息子自慢の美少女フィギュアと映っているのだろう。

変に慌てても逆効果なので、冷静を装いながら、「これ、嫁のフィギュアなんだよ。リビングに置けないから、ここに置いてる。」と解説するが、なんとなく刺さっていない感じがした。

 

後から嫁に言われて、その理由がわかった。

「"嫁のフィギュア"ってフレーズ、たぶん、"初音ミク俺の嫁"みたいな感じで捉えてたよ。」

 

30過ぎの息子から、「嫁のフィギュアだよ」とズラッと並んだ人形を紹介される。

母の心境を察すると、めまいがした。

たぶん、次回の訪問から、寝室だけでなく僕の書斎にも入ってくることはないだろう、と思った。

 

 

「マリッジアニバーサリー」

ま行

本日、2月11日は結婚記念日、ということになっている。

"なっている"というのは、本当の結婚記念日は違う日だから。

 

僕は、2011年2月11日に結婚式を挙げているので、"Wedding Anniversary"という意味での結婚記念日であれば、今日ということで間違いはない。

しかしながら、実際に婚姻届を提出したのは、それから2ヵ月くらい経ってからのこと。

"Marriage Anniversary"は、正直なところ、はっきり覚えていないのである。

 

結婚記念日を覚えていない夫、と文字に起こすと、自分がクズ亭主であるように思えてくる。

それ自体、すぐに否定できないのが悲しいが、ひとつ言い訳をさせていただきたい。

 

そもそも、婚姻届を出すのが遅れたのには、戸籍謄本が入手できなかったという理由があるのだ。

僕が生まれ育ったのは宮城県仙台市

謄本は本籍地の役所でしか入手できないため、東京に拠点を移している僕にとっては、なかなか面倒なシロモノである。

もちろん、郵送などでも取り寄せは可能なのだが、体調の関係から結婚式に来ることができなかった祖母への顔見せも兼ねて、直接取りに行くことにした。

嫁と予定を合わせて、金曜日の夜に高速バスで仙台に入り、土日で親族への挨拶や各種手続きを済ませるという段取りに。

その高速バスの出発日が、3月11日だった。

 

忘れもしない、東日本大震災

僕は結局、その日、仙台には帰れなかった。

幸い、両親は無事とのこと。

後から聞いた話だが、僕が嫁を連れて帰るというので、あちこち連れまわそうと張り切ってガソリンを満タンにしていた結果、冬の寒さを車の暖房で凌ぐことができたらしい。

食料やお菓子を大量に買い込んで準備していたのも、スーパーやコンビニで品薄状態が続いた中で助かったのだとか。

地元の被害に何もできない自分が歯がゆかったが、間接的ではあるにしても役に立てたのであれば、帰省の予定をあの日にしておいて良かったとは思う。

 

そんな状況なので、当然役所も機能不全に。

郵送受付にも期待できない。

もはや、婚姻届どころではなくなってしまったのだ。

 

震災については色々な想いがあるが、本題に戻そう。

そうこうしている間に、4月になってしまっていた。

僕は結婚式の前には新居に移っていたのだが、会社から、そろそろ証明書を提出しないと色々と面倒なことになる、とお達しがきた。

結婚を理由に独身寮を退居していた僕。

新居も、自分たちで選んだマンションではあるが、会社の借り上げ住宅という扱いだ。

証拠がないから独身寮に逆戻り、なんてのは困るので、改めて婚姻届を出しに行くことにする。

時間はかかってしまったが、親の手も借りて、なんとか戸籍謄本を入手。

あとは、休みの予定を合わせて役所に行くだけ、というところまでは辿り着いたはずだった。

 

そこで気付いたこと。

嫁の戸籍謄本がない。

 

バタバタしていて、完全に失念していた。

そりゃそうだ、結婚は夫ひとりではできないもの。

ちなみに、嫁の本籍地は大分県

今から取り寄せをしたとして、証明書の提出期限までに僕の休みはなし。

結局どうしたかというと、嫁がひとり、都合の良いタイミングで役所に行って婚姻届を出してきたという。

 

そんなわけで、僕が結婚記念日を覚えていないというよりも、いつの間にか結婚していたというのが正解。

書類には一応目を通したものの特に思い入れのある日付でもなかったので、夫婦の約束事として式を挙げた日を結婚記念日にしているってわけ。

2011.2.11って数字の並びも覚えやすいし、祝日でもあるから、これでいいかと割り切っている。

以上、結婚に必要な書類すら満足に集めることができないクズ亭主の話でした。