天の川、スカイフィッシュの釣り堀にて

安眠妨害水族館では書かないこと、書けないこと

「"ら行"のCD棚には夢があった」

いつからだろう、近所のCDショップにふらっと立ち寄り、"ら行"から物色しなくなったのは。

"ら行"の棚に何が置いてあるかで、そのショップの"V系偏差値"を推し量ることをしなくなったのは。

 

90年代後半に巻き起こったV系バブルにより、2000年前後は近所のCDショップでもたくさんヴィジュアル系バンドのCDが並んでいた。

その頃は、そもそもCDが爆発的に売れていた時代。

CDショップの選択肢も、今よりたくさんあったと思う。

 

その中で、V系偏差値の高い近所のCDショップを見つけるというのは重要課題だった。

5,000枚限定!みたいな危機感を煽る売り方が主流だった当時、注目バンドのCDは発売後に即品薄になることもしばしば。

遠くまで行く足もなく、プレ値を出す金もなく、という高校生にとって、近場ですぐに欲しいCDが買えるお店はありがたい。

こういうお店は、人が集まる専門店や大型チェーン店に比べて、買い逃した品薄品がしれっと残っていたりする面白味もあった。

 

では、どのようにV系偏差値を判定していたかと言えば、"ら行"の棚を見ることだ。

L'Arc〜en〜Cielはどの店も当然のように置いてあって、偏差値が上がると、メジャーデビューを果たしたLa’cryma Christi、Laputa、RaphaelLAREINE、Lastierなども見かけるようになる。

偏差値マックスのショップは、LamielやLa’Muleなどのインディーズバンドも取り扱っているから、見つけたときは小躍りしたものだ。

"ら"だけに絞っても、これだけのバンド名がポンポンと出てくるのだから、ここにV系CDがほとんどなければ、そのショップのV系偏差値は絶望的だ。

単純に頭出ししていけば、"か行"や"た行"も相応にV系バンド数は多いのだけれど、"ら行"は比率としてヴィジュアル系バンドが目立ちやすい傾向にあった。

 

CD不況の中、今もなおCDを買い続けている僕であっても、地場のCDショップで買い物をする機会はほとんどない。

ほとんどのCDが通販で済んでしまうし、品薄になってもデジタル販売等の救済策もある。

ジャケ買いしようと足を運ぶにしても、「専門店で買えば特典が付くしな」、「タワレコのポイントが溜まってたしな」などと考えてしまって、近所のCDショップで買わなければいけない状況がなくなってしまった。

近所の人間しか知らないような小さな店で、マニアックなCDを見つけたときのドキドキ感。

そのときに手持ちがなくて、これを誰かに取られないようにとクラシックの棚にこっそり移し替えてみたりしたあの感覚、今の中高生とは共有できないものなのだろうな。

 

なんとなく、ノスタルジックな気持ちに駆られて、ふと見つけたCDショップに入ってみる。

"ら行"の棚は、RADWIMPSがメインに据えられ、その横にはいつの間にかリリースされたらしいラッパ我リヤのアルバムが。

頼みの綱であるL'Arc〜en〜CielやLUNA SEAですら見当たらない。

家に帰ってAmazonlynch.のミニアルバムを注文しながら、クラシックの棚に移したはずだったLAREINEの「BLUE ROMANCE~優しい花達の狂奏~」が、しっかり"ら行"の棚に戻っていたあの日を思い出す。

バレないと思ったのに、ちゃんと見ているものなのね。

 

 

「やめどきがわからない」

僕の趣味は、「V系を中心に音楽を聴くこと」、あるいは「それによって感じたことを文章に残すこと」になるのだろう。

もっとも、初対面の人にはそこまでディープに話す必要もないので、「Jリーグを見ること」と言うことが多い。

丸めて「音楽鑑賞」でも良いのだが、その次の「どんな曲を聴くの?」が面倒だから、サッカーのほうが楽なのだ。

 

それらが趣味になったきっかけを思い出すと、なんてことはない、ミーハー心によるもの。

小学校のときにJリーグが開幕して、周りがみんな夢中になった。

スポーツに興味を持ち始めたタイミングで、そんなお祭り騒ぎが巻き起こったものだから、僕も一緒にのめり込んで今に至る。

中学生の頃には、V系バブルの予兆が来る。

今度は、音楽に興味を持ち始めたタイミングだ。

もちろん、本当にハマるまでには色々と理由があるのだが、突き詰めると「流行に乗った」ということになってしまう。

 

レビューブログを長いことやっていると、継続は力なり、的な言葉をいただける機会も増えてきた。

でも、僕からしてみたら、やめどきがわからないだけ。

ブームとしては落ち着いたポケモンGOだって、まだまだやり続ける気満々の僕。

はじめたからには、続けるのが普通でしょ?

だって、嫌いになったわけではないんだもの、という感覚なのだ。

 

そういえば、あの頃のサッカー少年たちは、いつの間にかバスケットボール部に入っていた。

「一緒にDeshabillzのコピーバンドをやろうぜ!」と約束していた友達も、高校に入ったら別の音楽仲間とくるりのコピバンを結成した。

どうやら多くの人は、新しいブームが来たら、趣味は上書き更新されるらしい。

そんなことをしたら、今まで費やしてきた時間とかお金とか、全部無駄になっちゃうじゃない!

なんて思ってしまうオタク気質の僕は、「好きなものフォルダ」に次々にファイルをぶち込んでいた結果、容量オーバーでもう入るところがなくなっているだけなのかもしれない。

 

確かに僕の好きなものって、ウルトラマンしかり、ラジオしかり、10代までにのめり込んだものが大半だ。

キューバだ、ホットヨガだ、友達が大人になってからハマっているものには、あまり心を惹かれない。

いや、経験してみたい気持ちがないわけではないのだが、現状の趣味との折り合いで時間的にも金銭的にも厳しいと判断して、どうしても消極的になってしまうというのが正確か。

要するに、何かをはじめるには何かをやめて容量を減らさないといけない、と最近ようやく気が付いた。

やめどきがわからない僕にとっては、なんとも受け入れがたい話だ。

 

当然、だからといって無理に趣味をやめようとは思っていない。

そこまでして趣味を更新しなければいけない必要性にも駆られていない。

だけど、上手く趣味を乗り換えている人は、どうやってそれまでの趣味と折り合いをつけたのか、と気にはなる。

やめどきってわかるものなのかな。

それとも、やめたと意識することなく、自然となくなっていくものなのかな。

とりあえず、やめどきがわからないなりに、趣味をやめるタイミングを考えてみたい。

バンギャル的に言えば、上がるタイミングだ。

 

他のものに没頭した結果、やる時間がなくなって、そのまま興味がなくなっていくということはあるかもしれない。

僕の場合、それは新しい趣味ではなく、仕事や育児だったりするのだろうけれど、そんな結論はつまらないので脇に置いておく。

では、こんなV系シーンになったら興味を失うだろうな、というのを想像してみる。

インストバンドが流行って、ボーカリストが姿を消す。

逆にアカペラが流行って、楽器隊が姿を消す。

ライブハウスではお饅頭とお茶が配られて、白塗りバンドマンが落語を一席、なんて日がきたらどうだろう。

 

「上がる上がるってお前さん、上がって何をしようっていうんだい?」

「いやね、最近巷ではInstagramってのが流行ってるらしい。」

「写真ときたか。するってぇと、あの山のようにあった貴重盤はどうするっていうのさ?」

「売っちまうさ。良い値がつくといいんだが。」

「良い値がついても、"いいね!"がつかなきゃ才がない。お前さん、上がれないね。」

「なんでだい?」

「"あがり"も何も、賽がないんじゃふりだしから動けないって話さ。」

 

うん、こんなシーンは嫌だ。

でも、ひとつふたつだったら、こんなバンドがいても面白いんじゃないの? となるから、ヴィジュアル系は業が深い。

他にも色々とアイディアを思い浮かべてみるが、むしろワクワクしてしまって、当面上がれそうにはなさそうだ。

 

そして、このブログ記事のやめどきもわからない。

後半のV系漫談のくだり、完全に蛇足じゃないか。

これじゃ、全部台無しだ。

 

「で、お前さん、結局上がったのかい?」

「台が無ければ、上がることなどできませんぜ。」

 

おあとがよろしいようで。

 

「娘の寝相」

自分の娘に限ったことではないのだと思うが、子どもというのは、どうしてこうも寝相が悪いのだろうか。

自分も子どものころは、こんなに悪かったのだろうか。

そんなことを思う毎日だ。

 

しばらく前になるが、朝起きてびっくりしたことがある。

布団の上で寝ていたはずの娘がいない。

どこに行ったのだろう、と内心ヒヤヒヤしながら探したところ、ショーケースの下にいた。

 

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一度起きて、遊んでいるうちにまた寝てしまったのだと思いたいところだが、おそらくは、寝たまま潜り込んだ模様。

大人だったら起きていても入れない隙間。

幼児の寝相の恐ろしさをわかっていただけただろうか。

 

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この後、起きると同時に頭をショーケースに強かぶつけて号泣していた。

まぁ、そうなるわな。

この後すぐに引っ越しをしてベッドで寝るようになったのだが、引っ越し初日でベッドから落ちた。

寝かしつけだけでも大変だというのに、寝てからも怪我の心配をしなければいけないなんて思わなんだ。

 

今でも、枕に頭を乗せて寝ていたはずなのに、少し目を離すと天地が逆になっていたりする。

興味本位で観察してみたのだが、なんとなくわかったのは、子どもはとても暑がりだということ。

寝ながらにして、涼を求めているのである。

まず、かかっているタオルを蹴り飛ばし、それでも暑ければ移動する。

布団に寝せてもフローリングの床に移動してしまうのは、そちらのほうがひんやりしているからだと思われる。

 

また、体が軽いため、移動もダイナミックだ。

コロコロ寝返りして移動するなら、まだ可愛い方。

一度起き上がり、座った状態になる。

そして、そこから倒れ込む。

一瞬にして天地が逆になるのは、こんなメカニズムだった。

僕は寝転がったら最後、絶対に起き上がりたくない。

だから、子どもがこんな動きをしているなんて思い付くはずがない。

 

そんなわけで、ベッドから落ちないよう、僕と嫁で娘を挟み込む形で寝るスタイルに落ち着いた。

俗に言う「川の字」だが、両サイドは川というより防波堤。

娘の怪我の心配はなくなったけれど、結構な頻度で鼻にかかと落としを喰らうので、自分の怪我の心配をしなければ。

もうすぐ4歳。

蹴りも、なかなか重くなってきた。

 

もっかの悩み事は、子どもがもう一人増えたことによる寝るときの布陣。

まだ寝がえりも打てない乳児なので、今のところベッドから落ちる心配も蹴られる心配もないが、いずれダイナミックに動き回る日が来るだろう。

そのとき、どのように子ども2人を配置するのが正解なのか。

もっともそれまでに、お姉ちゃんの寝相がある程度落ち着いてくれるとありがたいのだけれど。